静岡地方裁判所 昭和56年(ワ)419号 判決 1984年12月20日
原告
株式会社春田眼鏡店
右代表者
春田欣也
外八名
右原告九名訴訟代理人
片山平吉
被告
株式会社まつしま
右代表者
松島盛一
外一一名
右被告一二名訴訟代理人
小林達美
栗原孝和
藤森克美
大橋昭夫
新里秀範
吉沢寛
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実《省略》
理由
第一請求原因第一項(当事者)及び同第二項(本件各賃貸借契約の成立等)の事実は、いずれも当事者間に争いがない。
第二被告らは、本件各賃貸借契約は、本件ガス爆発及びこれに起因する本件火災によつて、賃貸借の目的物が滅失したことにより終了した旨主張し、原告らはこれを争うので、まずこの点から判断する。
一本件建物が昭和三九年に建築され、地階及び一階部分が店舗として、二階以上の部分が事務所或いは住居として、それぞれ利用されていたものであることは、当事者間に争いがない。
二本件ガス爆発及び本件火災による本件賃貸借契約の目的物件の損傷状況等について
<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。
1 本件建物全体の損傷状況の概要
爆発力による構造躯体の被害は、地階床スラブ、一階床スラブ及び梁、二階床スラブ及び梁において顕著であり、これらの構造耐力は著しく低下している。なお、三階ないし五階においては、爆発力による破壊は認められない。
火災によつて構造躯体が被害を受けたのは、主に一ないし三階及び五階の床及び梁の部分であり、ことに二階の一部及び五階において火害の程度が著しい。ただし、構造耐力上の劣化は比較的小さい。なお、地階部分は爆発力による被害を受けたのみで、火災による被害は特に認められず、四階は構造的な火害を受けていない。
本件建物の柱は火炎による被害をさほど受けていないが、梁や床スラブには火炎によつて生じたひび割れが認められる。そして、火炎による高熱の影響を強く受けた部分では、コンクリートの中性化が、表面から三〇ミリメートルないし四〇ミリメートルの深さにおいても認められる(コンクリートは通常アルカリ性で、鉄筋の錆を防止する機能を果たしているが、コンクリートが中性化すると、右機能が低下するほか、コンクリートそのものの耐力が低下する危険がある。)。
2 各賃貸借契約の目的物件の損傷状況
(1) 別紙物件目録三、1の建物部分(第三二七号事件)(一階部分)
西隣の店舗部分との仕切りをなしていたRC構造壁が破壊され、東側へはらみ出している。また、天井部分等は火災による被害を受けており、天井部分に設置されていたダクトは、再使用が不可能な程度に破壊されている。
(二階部分)
天井部分等が火災による被害を受けている。
(2) 別紙物件目録三、2の建物部分(第四一九号事件)
天井部分の床スラブが上方への圧力を受けて破壊され、梁から完全に離脱し、変形した鉄筋が露出している。東隣の店舗部分との仕切りをなしていたRC構造壁が破壊され、東側へはらみ出しており、西隣の店舗部分との仕切りをなしていたコンクリートの隔壁は倒壊している。また、天井部分等が火災による被害を受けている。
(3) 別紙物件目録三、3の建物部分(第四一九号事件)
天井部分の床スラブが上方への圧力を受けて破壊され、梁から完全に離脱しており、変形やせん断破壊のみられる鉄筋が露出しているほか、梁の下部のコンクリートが剥落している部分がある。また、東側の店舗部分との仕切りをなしていたコンクリートの隔壁は倒壊している。更に、天井部分等が火災による被害を受けている。
(4) 別紙物件目録三、4の建物部分(第四一九号事件)
梁に火災によつて生じた幅の広いひび割れが多数認められ、柱のモルタルが剥落している部分がある。
(5) 別紙物件目録三、5の建物部分(第四一九号事件)
天井部分の床スラブが上方へはらみ出す形で変形し、梁から離脱している部分がある。また、広い範囲にわたつて梁の下部のコンクリートが剥落している。更に、西隣の店舗部分との仕切りをなしていたRC構造壁が変形して西側へはらみ出しているほか、東隣の店舗部分との仕切りをなしていたコンクリートの隔壁が倒壊している。
他方、天井部分等が火災による被害を受けている。
(6) 別紙物件目録三、6の建物部分(第四一九号事件)
床スラブが破壊され、著しく上方へはらみ出している。また、梁に火災によつて生じたひび割れが多数認められる。
(7) 別紙物件目録三、7の建物部分(第四一九号事件)
店舗内に設置されていた間仕切壁が完全に破壊され、配管類、機器類及びダクトは、再使用が不可能な程度に破壊されている。西隣の店舗部分との仕切りをなしていたコンクリートブロックの隔壁が西側へ倒壊している。小梁の曲げ破壊も認められる。
(8) 別紙物件目録三、8の建物部分(第四一九号事件)
鉄筋コンクリート下り壁が、天井との接合部分から幾分西側へ折れ曲がる形で変形している。下り壁と梁との接合部分付近において、鉄筋の変形、梁の下部のコンクリートの剥落が認められる。また、天井部分の床スラブが若干上方へ持ち上げられたため、梁と離脱している部分がある。
(9) 別紙物件目録三、9ないし11の建物部分(第四二〇号事件)
(一階部分)
東隣の店舗部分との仕切りをなしていたRC構造壁及び西隣の店舗部分との仕切りをなしていたRC構造壁がいずれも破壊され、西側へはらみ出している。また、天井部分の床スラブが上方へはらみ出す形で変形破壊され、広い範囲にわたつて梁との離脱が生じている。また、小梁と大梁との接合部分においてせん断破壊が認められる。
他方、天井部分等が火災による被害を受けている。
(三階部分)
床スラブにほぼ東西の方向に長く伸びる一本のひび割れが生じている。また、梁に火災によつて生じたひび割れが認められる。
(10) 別紙物件目録三、12の建物部分(第四二一号事件)
天井部分に設置されたダクトが破損している。
3 共用部分の損傷状況
(1) 地階機械室
南隣の店舗部分との仕切りをなしていたコンクリートブロックの隔壁が倒壊している。空調器、レシーブチャンバー等の機器類、配管類及びダクトは破壊され、再使用は不可能である。
(2) 屋上(六階)機械室等
屋上(六階)の排風機械室、変圧器室は、火災による被害を受け、変圧器は焼燬され、使用不能になつている。
4 以上のほか、本件建物全体を通じて、内装設備及び造作等はほとんど焼失し、わずかに残つたものも、使用不能の程度にまで破損している。
三本件建物の補修工事の方法について
<証拠>によれば、次の事実が認められる。
1 本件ガス爆発後に、静岡市から、本件建物の構造被害調査を依頼され、本件建物の被災後の耐力度を調査した建設省建築研究所は、同年九月三〇日付の調査結果報告書(甲第一〇号証)において、本件建物の再使用の可能性に関し、更に詳細な耐力診断及び補強方法の検討を行う必要性を留保したうえ、地下階床スラブ、一階床スラブ及び梁、二階床スラブ及び梁の破壊部分を完全に作り直すとともに、建物の耐久性の面で問題となる中性化ひびわれに対して適切な補修を施す等ある程度の補強を施せば、再使用に差支えない構造性能が回復できるとの所見を明らかにしている。
2 証人永橋為成(一級建築士、株式会社中央設計常務取締役設計管理部長)は、本件建物の補修を行うに当たつては、建物全体についての耐力診断、昭和五六年六月一日に施行された建築基準法施行令所定の耐震設計基準(以下「新耐震設計基準」という。)に基づく診断を行い、その結果を踏まえて本件建物の補強計画を立て、建物全体の補修を行うことが必要であり、本件建物の一部分だけについての補修を行うことは極めて危険である旨の所見を明らかにし、また、現在の本件建物には耐力壁がないが、新耐震設計基準に適合する補修を行うためには、火災による被害を受けた梁、桁、柱に対して、必要な強度を持つたモルタル、鉄板、鉄骨等を用いて補強を施すだけでは足りず、新たに耐力壁、筋かい、つけ柱等を設ける必要が生じてくると考えられる旨の所見を明らかにしている。
3 証人清福三(一級建築士、元静岡市建築部長)は、本件建物の補修工事の方法に関し損傷の程度の大きい一、二階部分については、破壊された床スラブ等の部材について改めて鉄筋コンクリートによる施工を行うほか、一階部分については梁間方向へ耐力壁を設ける方法、鉄筋コンクリートの柱に鉄のバンドを巻き、更にその上をコンクリートで固める方法が考えられ、比較的損傷の程度の小さい三階以上の部分については部材のひび割れや亀裂を埋め、中性化した部分に対する補修を行うほか、壁を設けて補強をする方法が考えられる旨述べている。
四本件建物の補修工事に要する費用について
<証拠>によれば、次の事実が認められる。
1 イハラ建成工業株式会社は、本件ガス爆発後に、本件建物の改修工事費用の見積を行い、昭和五五年一二月に見積金額を八億五七三二万円とする見積書を作成して、被告ら本件建物の区分所有者に提出した。また、同社は、その後改めて新耐震設計基準に基づく本件建物の改修工事費用の見積を行い、昭和五七年一月二五日、見積金額を一〇億〇一三二万七〇〇〇円とする見積書を作成して被告らに提出した。
2 株式会社中央設計は、被告ら本件建物の区分所有者の依頼を受け、新耐震設計基準に基づいて本件建物の補強改修工事、解体新築工事を行う場合のそれぞれの工事費用について見積を行い、昭和五八年一月末ころ、補強及び改修を行う場合の工事費用を八億三五七六万円、解体及び新築を行う場合の工事費用を一二億七六五〇万円とする概算見積比較書を作成して被告らに提出した。
3 証人清福三は、本件建物について新耐震設計基準に基づく補強改修工事を行う場合と、解体新築工事を行う場合とに要する費用に関し、補強及び改修工事を行う場合には四億ないし五億程度の費用が、解体及び新築工事を行う場合には七億ないし八億円程度の費用がそれぞれかかることが予測される旨述べている。
五そこで、判断するに、賃貸借の目的となつている建物等が滅失した場合には、賃貸借の趣旨は達成されなくなるから、これによつて賃貸借契約は当然に終了すると解すべきであるが、建物が火災等によつて滅失したか否かは、賃貸借の目的となつている主要な部分が消失して、全体としてその効用を失い、賃貸借の趣旨が達成されない程度に達したか否かによつてきめるべきであり、それには消失した部分の修復が通常の費用では不可能と認められるかどうかをも斟酌すべきである(最高裁判所昭和四二年六月二二日第一小法廷判決、民集二一巻六号一四六八頁)。
これを本件についてみれば、前記二で認定したとおり、本件建物は、本件ガス爆発及びこれに起因する本件火災によつて、地階、一階及び二階部分を中心に著しい損傷を受け、地下階床スラブ、一階床スラブ及び梁、二階床スラブ及び梁等建物の構造躯体自体が破壊されて、構造上危険な状態になつたうえ、地階機械室、屋上機械室等建物全体の維持管理のために不可欠な共用部分にも大きな被害を受け、三階部分以上の比較的損傷の程度の小さかつた部分も含めて、本件建物のすべての部分が、店舗、事務所又は倉庫等として、到底使用に耐え得ない状態になつたものということができる。
そして、右認定事実に前記三掲記の証拠資料をあわせ考えれば、本件建物の一部分についてのみ補修工事を行うことは、構造上極めて危険であると考えられるところ、前記四掲記の証拠資料によると、本件建物全体について補強及び改修工事を行おうとすれば、施工方法によつて差はあるにせよ、解体及び新築工事を行う場合にも比すべき莫大な費用を必要とし、物理的にはとにかく、経済的には、これを通常の費用で修復することは不可能であるというべきであるから、本件建物に対して区分所有権を有し、その所有に係る建物部分を各原告に賃貸していた各被告には、本件建物全体についての補強及び改修工事を行うべき賃貸借契約上の義務はないというべきである。
そうすると、請求原因第二項記載の原被告間の賃貸借契約は、いずれも賃貸借の目的物が本件ガス爆発及びこれに起因する火災により滅失したことによつて、終了したものと解するのが相当である。
第三以上の次第で、本件ガス爆発及びこれに起因する火災による被災後も、本件各建物部分につき原被告間に賃貸借契約が存続していることを前提とする原告らの本訴請求は、進んでその余の点につき判断するまでもなく、いずれも理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項を適用して、主文のとおり判決する。
(佐久間重吉 北村史雄 孝橋宏)
別紙
物件目録
一 一棟の建物の表示
所在 静岡市紺屋町七番地の七、同番地の二二、同番地の二一、同番地の八、同番地の九、同番地の一〇、同番地の一一、同番地の一五、同番地の一六
構造 鉄筋コンクリート造陸屋根地下一階付六階建
床面積
一階 542.67平方メートル
二階 497.28平方メートル
三階 533.91平方メートル
四階 533.91平方メートル
五階 533.91平方メートル
六階 116.42平方メートル
地階 482.84平方メートル
二 専有部分の建物の表示
1 家屋番号 紺屋町七番一六の一
建物の番号 七号
鉄筋コンクリート造陸屋根地下一階付六階建店舗兼事務所兼居宅
床面積
一階 45.35平方メートル
二階 9.02平方メートル
三階 44.16平方メートル
四階 39.14平方メートル
五階 39.14平方メートル
六階 44.16平方メートル
地階 36.85平方メートル
(登記簿上の床面積は現況と異なる。)
2 家屋番号 紺屋町七番一〇の一
建物の番号 五号
鉄筋コンクリート造陸屋根地下一階付五階建店舗兼事務所兼居宅
床面積
一階 149.81平方メートル
二階 128.99平方メートル
三階 128.99平方メートル
四階 128.99平方メートル
五階 128.99平方メートル
地階 116.99平方メートル
3 家屋番号 紺屋町七番八の一
建物の番号 四号
鉄筋コンクリート造陸屋根地下一階付五階建店舗兼事務所兼居宅
床面積
一階 58.11平方メートル
二階 48.26平方メートル
三階 48.26平方メートル
四階 48.26平方メートル
五階 48.26平方メートル
地階 43.10平方メートル
4 家屋番号 紺屋町七番二一の一
建物の番号 三号
鉄筋コンクリート造陸屋根地下一階付五階建店舗兼事務所兼居宅
床面積
一階 58.44平方メートル
二階 49.85平方メートル
三階 49.85平方メートル
四階 49.85平方メートル
五階 49.85平方メートル
地階 43.14平方メートル
5 家屋番号 紺屋町七番七の一
建物番号 一号
鉄筋コンクリート造陸屋根地下一階付五階建店舗兼事務所
床面積
一階 53.61平方メートル
二階 47.57平方メートル
三階 47.57平方メートル
四階 47.57平方メートル
五階 49.55平方メートル
地階 37.91平方メートル
三 賃貸借契約の目的物件<省略>